先日、ある印刷業を経営されている方が、会社を売却しました。

創業社長は80歳で、後継者候補には娘が役員として名を連ねていました。しかし彼女は、社長として会社を引っ張ていく、というより社長の右腕以上の立場を望まなかったようです。

他に会社を引き継ぐ人もいないとのことで、従業員や個客ごと買い取ってくれる会社に事業を売却したということでした。

聞けば、事業は縮小傾向。新たな手を打つべきとは思いつつ、特にアイデアがある訳でもなく、何となくここまで来てしまい、印刷物へのニーズの減少やネット経由のプリント会社へ切り替える顧客も増えたりで、結果として、売上の減少はもとより、将来のビジョンが描きにくい状況に陥ってしまったようです。

 

さて上記の様にどうにもならない状況に陥ったとしても、親が心血を注いで経営してきた会社を自分が引き継いだ後に売却してしまうのは、とても心が痛むのではないでしょうか。

そうならない様、会社の将来に不安を感じた時、後継者がよく採る対応は「手軽な副業に手を出す」ことが多いようです。

それもそのはず、大掛かりなことをして失敗する訳にもいきませんし、会社のお金は親が握っていることも多く、思い切った投資も出来ません。

結果、何か手軽に出来て、手離れが良く、そこそこ儲かる事業が無いか?といったものを探します。

しかしやってみれば良く分かるのですが、実はそのようなビジネスが中長期で成功するということはほとんどありません。

少ない投資で始められ、手間も無く、手離れが良いビジネスなど、あっという間にレッドオーシャン化してしまうからです。そこまで簡単ではなく、それなりに考えた副業も大抵は上手くいきません。

なぜかと言うと、「片手間」になりがちだからです。社内的には、最も稼ぎのある本業が全てにおいて優先されます。

副業はその時の余りを使って行うビジネス。「ついで」であったり、「あわよくば」という軽い感覚で上手く成功するほど、ビジネスの世界は甘くはないのです。

かと言って、本業において退路を断って新商品の開発に全ての経営資源を注ぎ込むのも、リスクが高すぎます。

ではどのようにしていくのが良いのでしょうか?

 

当たり前のことの様ですが、適度なリスクは受け入れつつ、前に進むことが大事なのではと考えます。

その具体的なやり方として、カリスマ経営者であった稲盛和夫氏のインタビューの内容をご紹介します。

氏は、次々と新製品を作り出すコツについて「金も、人も、時間も限られるという中小企業において大事なのは、脳内におけるシミュレーション。アイデアの種が頭に浮かんだら、その製品化から販売まで、徹底的に脳内でシミュレーションする。どうすれば効率的に作れるか、どうすれば売れるのか、そんなことをあたかも既に実現したかのようなレベルまでイメージする」と語っていました。

シミュレーションをし尽くしたら、もはや「やり切った」気持ちになれるから、自信を持って実行できる。

また、成功までに突き当たる様々な障害も事前にイメージ出来ているので、比較的簡単に乗り越えることが出来ると言います。

逆に、しっかりと成功できるイメージが出来上がるまでは「動かない」とまでおっしゃっていました。

 

時代の変化に合わせて、事業を変容させていく。これはとてもエネルギーのいることで、社内外からの批判も大きいです。

だからこそ、その役割を担うのは、後継者以外にはいません。それはとても大変な役割ではありますが、とてもやりがいのある仕事です。

今の時代、事業承継で引き継ぐのは事業そのものというより、アントレプレナーシップ、つまり起業家精神ではないかとさえ思います。

そして稲盛氏のお話から推察するに、どれだけ自分が推すビジネスへの強い思いを持ち続けられるか?ということが大事なのではないでしょうか。

朝から晩までそのことを考え、あたかもそれが出来てしまったと錯覚する位にイメージする。それはすなわち、そのビジネスに対する思いの強さではないでしょうか。

 

思いだけで成し遂げられるとは言いませんが、思いが無くて成し遂げられるとも思えません。いかがでしょうか?

(参考文献:月刊ビジネスサミット2024年9月号)