障がいを持った方をサポートする旅行会社の経営者と話したことがあります。

彼は私にこう言いました。「私たちのクライアントは『障がいを持っているから、安全を最優先した旅をしたい』と思っている訳ではありません。彼らは、障がいが無い人と同じ様に旅を楽しみたいのです」。具体的には「きれいな海でダイビングをしたい」などです。

一方、旅行会社には「お客様を安全に家まで送り届ける」というミッションがあります。万が一事故などが起きてしまえば、「ずさんな運営」と大きく批判され、社会的な制裁を受けることは想像に難くありません。

ではどうすればいいのか?件の旅行会社社長はこんな風に言いました。「安全を蔑ろにするつもりはありません。しかし、ギリギリまでリスクを取り、事故が起こらない範囲でお客様の要望に応えたいと思っています」。

普通に考えて、企業としては出来る限り「安全マージン」を取りたいものです。たとえ崖下に素晴らしい景色が広がっていたとしても、万が一を考えれば「崖下の最も美しい景色は見せない」ツアーしか企画しない企業もあるでしょう。

そう考えると、この旅行会社の社長が「万が一の時にはリスクを負う」という覚悟に、顧客サービスへの本気を感じます。

業界ルールは、たいてい行政と大手で作られます。大手が先導することで業界全体を守ろうという訳です。

ルールを決めるのであれば「万が一」があっては困ります。そのため、絶対に安全な範囲でマージンを取らざるを得ないのです。

 

金融や行政の手続きがシンプルになれば、お客様は喜ぶでしょう。でもそれが出来ないのは、お客様との信頼関係が構築されないからです。

多くの大企業が、数千件の取引のうち、たった一人のお客様とのトラブルを無くすためにルールを強化し、安全マージンを広く取っています。最近は「カスハラ」なんて言葉も出てきましたから、そうした時代背景もあるかもしれません。

大手企業では、数多いるお客様一人ひとりと個別に対峙することが難しい場合も多く、仕方がない面もあるでしょう。

でも、お客様との距離が近い中小企業は、画一的に広いマージンを取るだけではない、いわば業界の常識の反対側に回り込むような対応も可能なのではないでしょうか。

そして「経営戦略」としても、中小企業の「生きる力」はそこにあると思います。

 

例えば、先代の世代はアナログ的なお客様とのコミュニケーションを大事にするような傾向があるように思います。

一方、後継者は社内を画一化したがる人が多く「突発的なことを避けたい」というのが本音でしょう。

しかしどんなにガバナンスを効かせようとも、企業の不祥事がゼロになることはありません。むしろ海外では、社員の自由度を広げるマネジメントの方が、業績や社員のモチベーションなど、様々な分野で有効だという話も耳にします。

事業承継で今後の経営方針を決める時、先代と後継者との間で起こる衝突の一つが「内部管理体制と顧客対応のバラツキ感」です。

後継者はコンピューターのプログラムの様に、決まった形で社員を動かしたいと考えますが、先代は「その時々の風向きで、今思うことをやっていきたい」と言います。

先代のやり方は、感覚的過ぎて危険だったり、非効率だったりすることも多いでしょう。

ただ、それはそれとして「顧客サービス」という意味での価値はあるのですから、それを活かす折衷案を、後継者は見出していく必要があるのだと思います。

つまるところ、経営者の大事な役割は「知恵を絞る」ことではないでしょうか。

 

例えば、冒頭の危険と顧客満足のバランスをどう取るかという旅行会社の話では、法的要件を満たしつつ、顧客が満足できるギリギリのところはどこなのかを探っています。

ただ漠然と社会的な認識に従うだけが、経営者では無いと思うのです。コンプライアンスを守りつつ、どうすれば顧客の真のニーズを満たすことが出来るのか。

この相反する課題に「知恵を絞る」ことで立ち向かっていくのが、経営者としてのあるべき姿なのではないでしょうか。

(参考文献:月刊次世代経営者2026年3月号)