―社長の仕事は何だろう?―
これは後継者が先代の会社を継ぐにあたって考える、大きな悩みなのではないでしょうか。
例えば販売会社を引き継いだ場合、先代から「経営とは、販売である」と言われることが多いのではないかと思います。売れなきゃ何にも始まらないから、社長自らが率先して「営業力を磨け!」と。
その一方で、社長の仕事は「方向性を指し示すこと」と言われたりもします。
ただ2~3人の会社と、数百名を超える会社では、少しニュアンスが違ってくるように思います。現実を見れば、2~3人の会社では、社員は社長のイエスマンであることがほとんど。
こうなると、社長が会社の意志そのものです。もちろん、日常的に資金繰りや、戦略・戦術の検討などは社長の仕事としてあります。
ただ色んな企業を見る中で、ある程度組織だった活動をしている会社の社長は、共通して時間を掛けている仕事があることに気付きました。
ある社長は、新規採用社員のご自宅を訪問し、ご両親に挨拶に行っているそうです。
またある社長は、連日社員と飲み会や1on1などで、社員とのコミュニケーションを欠かしません。
また別のある社長は、オフィス環境をよりリラックスした場所にするため、様々な工夫をしています。
そう考えると、会社として良い風土を持ち、業績もしっかりと上がっている会社の社長は、例外なく社員との時間を多く取っています。むしろ、社長の就労時間の大部分を社員のために使っているかの様にさえ感じるくらいです。
考え方としては、お客様と接するのは社員。その社員が、気持ちよく安心して働ける環境を作る。そして、彼らの存在を完全に受け入れて「あなたが大事ですよ」というシグナルを発する。
その合間に、資金繰りのことや、戦略のことなどを考えているケースが多いように見受けられます。
では、良い会社の社長は、永遠に「社員と向き合う時間」を持ち続ける必要があるのでしょうか?
だとすると、少し嫌な言い方をすると、もはや社長業は「社員接待業」みたいな感じになってしまいそうです。
しかし、実際はこういったフェーズを経て、心理的安全性が職場に芽生え、会社や社長に対するロイヤリティが生まれてくると、組織は少し違ったフェーズに入るようです。
それは、社員が自立し始めるタイミングです。社員がのびのびと仕事が出来る環境をつくり、少しずつ彼らに権限移譲をしていくと、次第に社長の仕事の領域は狭まっていきます。
それこそ、これまで社長が考えていた戦略といったことまで、社員がやるようになってきます。そこまで行ってしまうと社長の個性を会社に活かす、という意味では難しいところではありますが、そういった匙加減を含めて、会社と関わっていくことが肝要かと思われます。
私自身の経験であったり、経営コンサルタントの方とお話をしたりすると、売上が10億円の少し手前で失速する会社が多い様に感じます。
一説によると、10億円の手前までは社長のパワーが人並外れてあればワンマン組織で何とかなるけど、売上10億円を超えるとなると、しっかりと組織を作らないと無理、と言われています。
このことから考えると、中小企業の多くが中小企業のままでいるのは、社長がその権限を手放せずにいるから、と言えるかもしれません。
恐らく、親族間で事業承継を考える企業にあっては、先代の間は社長が圧倒的な権限を持っているケースが多いと思います。
後継者はそれをなぞりがちですが、もし会社を大きく育てたいとすれば、権限移譲が必要となります。
ただ、ここにも落とし穴があって、後継者は一足飛びに権限移譲をしたがる傾向があるように思います。
しかし、そこに至るまでには組織の安全性を生み出し、その土壌を作ることで、社員の自立性が育まれていくような段階が必要です。
この順序を間違えると、クーデターが起こったり、大量退職を経験することになってしまいます。
後継者としては、早く成果を出して安心したいのですが、急がば回れです。しっかり段階を踏んで進むことが肝要です。
いろんな会社を見ていると、組織マネジメントが確立された会社を引継ぐ後継者は大変だな、と思います。自分のカラーを出しにくいからです。
一方、粗削りな組織を引継ぐと、一から組織作りを経験できます。そして、後継者が接する組織は、後者のケースが多いのではないでしょうか。
一般的にカリスマ頼みのリーダーシップは組織マネジメントが粗削りになりがちです。その粗削りさゆえ、後継者が自分の持ち味を活かせる組織作りの可能性が高まってくるのです。
そして、組織の成熟度に応じて、必要とされるリーダーシップは変化していきます。
先代を追うことも大事ですが、少し全体を俯瞰して、何が組織に必要なのかを考えてみる余裕を持ちたいものですね。
(参考文献:月刊ビジネスサミット2024年10月号)