親子での事業承継において、かなり大きな壁と言えるのが親子の意見の衝突です。

表面的には、経営方針の違いや、戦略の違いという認識が一般的ですが、深層心理的にはかなり複雑。話し合いで解決しないことの方が多いのが、親子経営の難しいところです。

そんな中、後継者は自分のカラーを出すとか、自分の成果を誇りたいがため、新しいことを社内にどんどん持ち込む傾向が強いと思います。俗人化を排除し、DX化を進め、社内を仕組みで回し、会社を乗り心地の良い車の様に整えたくなることもあるでしょう。

ただ「新しいこと」へのハレーションは、先代のみならず、古参社員などからも大きく出てくることがあります。そして新しいことを定着させるには、根気が必要です。

今、そんな状況の真っ只中で奮闘されている後継者がいらっしゃるならば、経営を「引き算」で考えてみてはいかがでしょうか。

 

親の代から続く会社ということは、創業から相応の年月が経っています。

すると、例えば「社員3人でやっていた時の業務フロー」の一部が、社員が10人になっても、50人になっても受け継がれているケースが結構あります。

上記以外でも、使用頻度の低い情報をやたらと丁寧に保管するために事務社員が残業していたり、製造工程で不必要な作業が伝統的に行われていたり、意味の無い書類作成に翻弄されているというケースは結構多いもの。

1つ1つは小さなことでも、細部を見直すことで、後継者のポリシーが伝わる行動となるのではないでしょうか。

 

そんな小さなことをやって何になるのかと感じる後継者もいらっしゃるかもしれません。次にご紹介したいのは、あるパン屋さんが実現した「引き算」によるイノベーションの事例です。

パン屋さんと言うと、たくさんの種類のパンが並び、惣菜パン、菓子パン、食パンやバゲットといった、パンなら何でも揃っているお店というイメージが強いのではないでしょうか。

しかし、その商品ラインナップを実現するためには、惣菜の仕込みを行い、たくさんの種類のパンを次々焼かねばなりません。朝の4時、5時から仕事を始め、終わるのは夜の8時、9時。それだけ働いても、決して収入は多くないと言います。

しかし広島のとあるお店は、週休3日、夏休みは1カ月、にもかかわらず、収入は平均的なパン屋さんと比べても高いのです。

何をしたかと言えば、まず商品はフランスの伝統的パン、カンパーニュを中心に、わずか5種類に絞り込みました。

そして、製造過程を徹底的に見直し、余分な作業をカットしました。「余分」と言いますが、普通のパン職人からすると、その作業は余分というよりは「やるのが当たり前」という認識のものです。

しかし、このお店は、味に関わらない形などの成形に時間を掛けることをやめたのです。

一方、そこで削減できた時間コストを、材料の質に振り分けていきます。手間をかけるより、良い材料を使う方が美味しいパンが出来るというのです。

その結果、時短が実現し、お店にはコアなファンがつき、ほぼ予約販売のみで経営が成り立っているとのことでした。

かつて大量に廃棄していた売れ残りも無くなり、SDGsが求められる今の時代にふさわしいビジネスモデルを確立されているように思います。

 

このように「引き算」を実践していく上で考えるべきことは、皆さん何だと思いますか?

端的に言えば、皆さんのお客様が商品やサービスにどのレベルを求めているかということと、自社のこだわりのレベルをいかに調整していくかということではないでしょうか。

これは会社の将来を考えていく上で、結構大事なテーマになるのではないかと思います。

例えば我々の税理士業界では、毎月お客様と面談するのが当たり前という風潮があります。私も修業時代の事務所では当然という感じでやっておりました。

しかしお客様の事業の規模は千差万別ですし、事業内容も様々です。途中で私はお客様によっては毎月の面談がそれほど必要無く、お客様も求めていないことに気付きました。

求めていないお客様にまで押し付け、中身の無い世間話をするためにお客様のところに伺い、高い報酬を頂くのもどうかと思い、税理士として独立してからは、お客様の事業規模、事業内容を鑑みた上で、お客様のご要望に合わせて面談回数を設定する契約形態としました。

 

「引き算」も最初は個人レベルで出来そうなところから調整で良いと思います。

ゆくゆくは会社全体をどう調整していくかを考え、同時に「引き算」によるシンプル化のベクトルを掲げると、今までとは違った発想と結果が見えてくることもあると思います。

是非一度、検討してみてはいかがでしょうか。

(参考文献:月刊次世代経営者2025年7月号)