過去2回に亘り相続税の申告業務についてお話しして参りました。
今回はそれらのお話を踏まえて、税理士事務所が相続税申告業務を行うメリット、デメリットをお伝えしようと思います。
(メリット)
1 専門性が高い分、報酬は高単価となる
相続税の申告業務を行うには、相続税法、財産評価、民法など、通常の税務ではあまり出てこない知識が広く、深く必要です。
それだけに誰でも習得できる訳ではなく、税理士でも取り扱っているのは4割ほど、更に専門的に取り扱っているのは1割ほどと言われております。
取り扱える税理士が少ないだけに、報酬は高単価となり、1回の申告業務で最低数十万円、100万円を超える報酬を稼ぐことも珍しいことではありません。
2 簿記の知識がほぼ不要
所得税、法人税の申告では帳簿の作成は必須なだけに、簿記の知識もマストですが、相続税では簿記の知識はほぼ無くても申告書を作成することが可能です。
簿記が苦手という方にはうってつけの税務と言えます。
3 案件ごとの個別性が高いため、税務プロデュース力が発揮しやすい
所得税、法人税の申告では業種や規模感ごとにある程度分類でき、財務傾向も似通っているため、同一カテゴリーで税引前利益が同じ位であれば、税理士によって申告書の内容にそこまで極端な差は出ません。
しかし相続税では被相続人の財産の種類、額、家族構成などが同じというケースはまず無く、また遺産分割次第で税額が大幅に変わるので、税理士が100人いれば100通りの申告書が作成されるというほど、案件ごとの個別性が高いです。
それだけに相続人に納得させつつ、納税額を抑えられるかどうかは税理士の腕の見せ所で、2つとないモノを作り上げる正に職人のような気質の税理士向けの業務と言えます。
4 時間を掛けて申告業務に取り組むことが出来る
相続税申告書作成のためには、やらなければならないことは数多くありますが、それでも10ヶ月という時間があります。
作業を効率的に進めることが出来れば、精神的なゆとりは所得税、法人税の申告と比べればあると言えるでしょう。
(デメリット)
1 専門性が高い分、知識を得るのに時間が掛かる
先に説明した通りですが、正に報酬が高くなるのと表裏一体の関係ですね。
2 損害賠償請求された場合、無制限で責任を取らなければならない
相続税の申告では依頼者は個人になるため、消費者契約法の対象となります。
この法律は消費者が事業者と契約をするとき、両者の間には持っている情報の質・量や交渉力に格差があるため、このような状況を踏まえて消費者の利益を守るためにあります。
これによって契約上、事業者において消費者において生じた損害を賠償する責任の全部又は一部を免除したり、責任の限度を決定する権限を付与する条項を盛り込むことは出来ません(盛り込んだとしても法的に無効となります)。
そのため、リスクが高いと思われる案件は受任を避けたり、受任したとしても高額な税理士賠償責任保険に加入するなど、十分なリスクヘッジをしないと破産に追い込まれることもあります。
3 依頼時期は不定期
所得税や法人税では事業は継続が前提である上、申告時期も決まっているため、年間の業務スケジュールを組むことが容易ですが、相続税の場合は被相続人の死亡という事実が発生しない限り基本的に依頼は来ないため、不定期な対応を強いられます。
4 経験が積みにくく、スキルが上がりづらい
こちらも上記3と関連しますが、相続税業務を専門で行っている事務所でない限り、1人が関与できる相続税の申告業務は平均年1,2件程度と言われております。
そうなると経験を積める回数が限られ、難しい業務であるにも関わらず、スキルが中々上がってこないジレンマを抱えることとなります。
5 案件ごとの個別性が高いため、業務を標準化しにくい
これも税務プロデュース力が発揮しやすいというメリットと表裏一体ですが、2つとない申告書を作成するため誰でも出来るよう業務を標準化することが難しく、属人化しやすいと言えます。
それだけに相続税業務を行っていた者に何かあった場合、代役が同レベルに業務をすることが出来ないというリスクがあります。
このように相続税の申告業務は、正に「ハイリスク・ハイリターン」と言えます。
それだけに向き、不向きという部分の見極めが非常に重要ですので、自身が税理士になった時に十分に検討、検証して取り扱うかどうかを決めた方が良いかと思います。