「成功法則の多くは、完全な再現性を持たない。一方で、失敗には必ず明確な理由が存在する」と言われます。

事業承継も失敗例を見ることで、本質を理解できる可能性がありそうです。

しかし一般的に、事業承継の失敗は「後継者が経営者の器ではなかった」など、属人的な評価で終わることが多いように思います。

そうした世間の風評が、後継者を惑わせ、判断を誤らせてしまうこともあるようです。

また、成功例を見ると、例えば任天堂は、もともとは花札をつくっている会社でしたが、ゲームなどをヒットさせて大きく業容を変え、成功を収めています。

ヤマト運輸は、BtoBのビジネスをBtoCに変えて新たな市場を生み出しました。

ユニクロは地域の紳士服店から世界企業になりました。

少し大きな事例ばかりを挙げましたが、事業承継が成功している会社は、ビジネスモデルや商品を変えている会社も多く存在します。

しかし、現存する世界最古の会社として有名な金剛組は、宮大工という世界からはみ出すことなく現在に至ります。

むしろ新規分野を開拓しようとしたことで経営難に陥った歴史があるようですから、「変わらない」ことこそが彼らにとって大事なことだったのでしょう。

 

こうしてさまざまな例を見ていくと、事業承継に関して絶対的な教科書は未だ存在しないように思うのです。

とは言え多くのコンサルタントは、会社の存続には「経営理念」が大切だと説きます。しかし、一方で「理念で飯は食えない」なんていう言説もあります。

短期的に見れば、経営理念があってもなくても、とりあえず営業を頑張れば、会社は伸びるかもしれません。

しかし、中長期的に見ると、それだけではうまくいかないようにも思えます。

では、「経営理念」は、事業承継においてどのような意味があるのでしょうか?

 

シンプルに答えると、それは「価値判断の基準」と言えるだろうと考えます。

何を優先して日々の活動を行うのか。何のために事業を行うのか。教科書にない突発的な出来事に、どういった判断で対応するのか。

それらのバイブルとなるのが「経営理念」と言えそうです。

そう考えると、事業承継で引き継がれるべきものは、「企業としての価値判断の基準」なのではないでしょうか。

 

例えば、ある冷凍食品会社の二代目社長は、コンビニ本部より、コンビニ弁当の揚げ物の提供を打診されました。売り上げを一気に拡大するチャンスでした。

しかし、その会社の理念は、要約すると「食を通じて健康と幸福を届ける」といったもの。

コンビニ本部の提示した価格では、材料の選別時点で「経営理念に沿った満足のいく商品が提供できない」と判断し、その取引を断ったのです。

 

さて、理念があっても事業承継がうまくいくとは限りません。

大切なのは、後継者がその理念にコミットできるかどうかです。

後継者には親から会社を引き継いだプレッシャーがあるからか、どうしても「認められたい」という思いが強い方が多いようです。

そうした後継者は、個人の技量ばかりを磨き、それを強くアピールしてしまう。

それでは「理念にコミットしている」つもりで「自分の評価にコミットしている」状態になっている可能性があります。

そういったズレに社員は敏感です。後継者が「個人的な承認欲求のために会社を動かしている」ように感じ、社員一人ひとりも「だったら、自分をもっとちゃんと評価してほしい」と思うようになるのです。

その気持ちが高じると、大量退職やクーデターにつながります。では、そうならないためにはどうすればいいのでしょうか。

 

後継者は、やはり自分のことは一旦置いておき、理念実現のために一生懸命になることが大切です。

「自分のことを横に置く」ということは、苦しいことでもあります。

しかし、経営者の器というものは、そうした我慢を我慢と思わない情の深さでもあるだろうと思うのです。

後継者が、自分のことを差し置いて理念実現に本気で取り組むとき、社員もまた自分の身を投げ出して後継者をサポートしたいと思うはずです。

離反する人がいるかもしれませんが、その人たちは「自分だけを評価してほしい人」ですから、理念実現に本気になった後継者にとって、考えが合わないメンバーとなっているはずです。

(参考文献:月刊次世代経営者2026年6月号)