ある組織の年度替わり。そこでリーダーを務めていたA氏は、相次いで中心的役割を担ってきた複数の役員から「来期は役員を辞めたい」という申し出を受けました。
彼らの話によると、仕事自体は大変ではあるものの、組織の役に立つことなら是非やりたいが、A氏の下で働くのは「嫌だ」というのです。
いったいこの組織に、何が起こっていたのでしょうか?
辞めたいという役員の話を詳しく聞き取りしてみましたが、実はA氏は決して人に仕事を押し付けて楽をしようとしていたわけではありませんし、役員に無茶振りをして困らせた訳ではありません。
それどころか、A氏は裏では組織のために動き回っていましたので、本来ならよく頑張っているリーダーとして認められてもおかしくない位の働きです。
しかし問題は、1人で何とかしようとしていた、つまり独りよがりの運営を行っていたということなのです。
その結果、A氏は自分のことばかり気にして動き回るため、役員メンバーのうち、一部の人達が仕事をサボりがちなことにも気づきませんでした。
そのことを役員の中心メンバーがA氏に訴えても「彼らにも事情があるのだろう」と一向に耳を貸そうとしませんでした。
中心的に動いている役員にしてみれば「A氏は自分を頼ってくれない(信用されていない?)」「A氏は、運営をこなしている自分たちより、参加しない人達を擁護する(自分たちは歓迎されていない?)」といった思いに苛まれたようで、冒頭の「もう辞めたい」という結論に至ったと言います。
A氏は自分の責任を果たすべく必死で動き回り、みんなと共に努力するというリーダーシップを実践していたつもりだったようですが、実際は本来最も大事にすべき中心的メンバーのやる気を削いでしまっていたのでした。
ここのところ、海外の大学では組織に関する様々な研究が成果を上げています。
そんな資料を見ていると、組織を活性化させるには「尊重されている」こと、「仕事の意義を感じられる」こと、「自身の成長を感じられる」ことがポイントの様です。
1つ目のポイントである「尊重されている」ということは、この場に自分がいて良いと感じられること、あるいは必要とされていると感じられることです。やることは簡単で、彼らの言葉を傾聴し、意見を求め、ある程度頼るのです。
そんな視点から見ると、冒頭のA氏の話は「尊重されている」というところの信頼関係がズタズタになっているようにも感じられます。人に頼ることなく何とかしたいと思ったのかもしれませんが、逆効果だったようです。
A氏だけではなく、後継者の多くは何でも自分でやらなければと思い込んでいるように感じます。なにしろ、親と社員の期待を背負う後継者ですから、まずは自分を鍛えなければ、と考えがちです。
しかし、これは心のベクトルが全て自分に向いている、いわば「自分のことしか見えていない」状態です。
こうなると、幹部社員にしてみれば「あの人は自分のことしか見えず、私たちのことを全く見てくれない」と感じ、だんだんと後継者の下で働くことがバカバカしくなってきます。それがエスカレートすると、大量退職やクーデターに繋がります。
しかし、後継者としては自分がしっかりしていることを周囲にアピールしたい。だから、幹部に頼らず何とかしたいと思うという、負のスパイラルに陥ります。
自分で何とかしたい、というのは自分のメンツを守りたいということで、正に独りよがりの際たるものです。
そこを乗り越えて、上手に社員を頼れるリーダーになれると、グッと社内の一体感が高まるのではないでしょうか?
(参考文献:月刊ビジネスサミット2023年10月号)