後継者が親の会社を継ぐ際、「理念経営」というものを持ち込むことがあります。
創業社長の場合、ある意味、社長が会社の理念の体現者と言えると思います。しかし、代を重ねるに際して、やはり会社の軸を言語化しておきたい、というのは自然な流れだと思います。
そんな経緯もあって、後継者が会社の経営理念の策定に奔走します。
それは良いのですが、何となく経営理念って大事なんだろうな、と思いつつも、実はそれがどう会社に作用するかが掴み切れない人も多い様に思います。
経営の根幹にいる人がそういう状況ですから、一般社員には更に伝わりにくいというのも経営理念の一面です。
経営理念というのは、例えば「お客様の笑顔のために尽くします」など、抽象的なものが一般的です。また、仕事を通じてより良い世に中をつくるというベクトルは、どの会社もさほど変わらないと言っても差し支えないと思います。
つまり、崇高な理念は良いとは思っても、何をやって良いのかが分からないのです。
一般の社員が理解するためには、その想いと目の前の仕事を繋いであげる必要があります。
一例を挙げますと、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドが非常に分かりやすく、行動の優先順位を示しております。
同社ホームページによると、行動規準「The Five Keys~5つの鍵~」として、「Safety(安全)」「Courtesy(礼儀正しさ)」「Inclusion」「Show」「Efficiency(効率)」を挙げるものの、「わたしたちは、安全を最優先し、行動します」として、安全が全ての行動に優先されると明確にしています。
理念を行動に落とし込むための「具体的な安全基準」を提供していることが、分かりやすさに繋がっているものと思います。
実は親子経営では、経営理念の落とし込みにもう一つの問題が浮上することがあります。
それは、経営理念を先代が尊重しないという事態が起きる、ということです。
ある企業では、後継者は「営業車で事故を多発させる社員」に一定の処罰を下そうとしました。一方で先代は、「営業成績でトップの彼を処罰するなんてダメだ!」と真っ向から対立しました。
社会との調和を謳う経営理念から判断すれば、後継者に軍配が上がりそうです。
しかし、苦しい創業時代を生き抜いた先代にとっては、数字は命。数字にこだわる社員を評価したいのです。
本来なら、数字と社会的な責任の優先順位を明確にしていれば解決する問題です。
ただ実際のところは「会社の売上が落ちて会社が存続しなければ全ては無意味」というのが、恐らく先代の根底にあるもの。生きてこそ、なのです。
こういった思いからすると、社会性を謳った経営理念がきれいごとに見えてくるのも分からないでもありません。
このように経営理念と、経営者の独断という二重構造になるケースは多いでしょう。その時、社員はどちらに従えば良いのか?と迷います。
結局は先代の大きな声に従い理念経営が頓挫する、という結果に終わってしまうケースは非常に多いと思われます。
経営陣が大事にしない経営理念を、社員が大事にするはずがありません。またこういった行き違いが、親子の確執を生み出すことにも繋がりがちです。
ところで、経営理念は誰が作るのでしょうか?
後継者として「リーダーシップを発揮しなければ」と思い過ぎで、1人で考えたりしていませんか?
そんな作り方ですと、社員にしてみればプロセスに関わらず、決定事項だけが下りて来るだけなので、その理念になかなかコミットしてくれません。
また、先代と後継者がそれぞれ勝手に会社の未来を考えているとすれば、上手く合致するはずもありません。
ならば役員のみならず、全社的な取り組みとして経営理念を考えるのも一案です。
その結果、活き活きと社員が働き、業績に繋がる気配が見えれば、先代も納得するシーンが出てくる可能性は高まります。
経営理念というのは、経営層がそれを大事にして初めて力を発揮できるものです。
誰かをその理念に従わせる以前に、自分自身がその理念を大事にしていることを行動で示すことが大事です。意外と社員はそんな後継者の振る舞いを見ているものです。
上手くいかないことも多いかもしれませんが、愚直にそれを守ろうとする姿勢に、人は魅かれるのではないでしょうか。
(参考文献:月刊ビジネスサミット2023年12月号)