ここに二人の後継者がいます。
一人はとにかく会社を自分の思う通りに変えていきたいと、一生懸命な後継者。もう一人は、出来ることと出来ないことを切り分け、割り切った行動をする後継者。
数年後、彼らの状態はどのような違いが生まれてきたのでしょうか…
自分の思い通り、つまり周囲を変えようとした後継者の元には、次から次へと苦難が降りかかりました。
まずは社員との軋轢。後継者のイメージ通りに自発的に動く社員はいません。だからついつい彼らにきつい言葉を浴びせます。
それでも彼らは思ったように動かない。後継者自身、いつもイライラ。
結局社員は数年後、皆辞めてしまいました。
一方割り切って相手を変えようとしなかった後継者は、社員が自ら動くようになりました。
なぜなら、後継者は社員のアイデアや行動を最大限尊重したからです。そういった振る舞いから、まずは社員と後継者の信頼関係が生まれました。
そして、その信頼関係から社員は後継者に貢献したいという感情が生まれました。さらに彼らの行動を見守ることで、社員たちの自主性がどんどん育っていきました。
次第に社員は、後継者にこんなことまで言うようになりました。「現場のことは私たちに任せて、後継者であるあなたは次のステップに進んで下さい」と。
この二人の後継者、実は同一人物です。
前者は会社を引き継いだばかりの若い頃、後者は上記の失敗を反省し、取り組みを変えた数十年後の姿なのです。
具体的に何を変えたかと言えば「変えられるものと変えられないものを分けた」ということです。言い換えれば「変えられないものを無理に変えようとするのはやめようと」ある意味、諦めです。
「諦める」という言葉は、ネガティブな意味合いで使われがちな言葉です。
しかし本来はそうではなく「明らめる」だったそうです。つまり「物事を明らかにし、自分の中にある原因を見つめた上で、結果を受け入れること」なのです。
会社経営において、後継者は全てをコントロール下に置きたい衝動を持ちがちです。
しかし、人を思い通りに動かすなんて出来なくて当たり前です。それをさも「自分は後継者だから、周囲の人間は自分の指示通りに動いて当然」なんていうふうに思ってしまいます。これが驕りだということに、その渦中にいる時は全く気が付きません。
こういった思い込みを手放すことが、後継者にとって一つのハードルとなります。
「先代や社員を意のままに操るなんて無理、自分でコントロールできることに集中しよう。」そう考え始めると、驚くような変化が訪れます。
まず先代や社員が意図しない行動を取っても、あまり気にならなくなります。
「人間ってそういうものだね」という理解が出来ると、彼らのことが良く分かるようになってきます。
行動にはそれぞれの理由があります。その理由を理解できると、その人の行動だけでなく、その人自身を尊重できるようになります。
すると、相手も自分を尊重してくれるようになります。「北風と太陽」のお話ではありませんが、無理やりやらせようとすると動かない相手も、自ら動こうというスイッチが入った時、いとも簡単に彼らは動くようになります。
私たち経営者が作るのは、彼らが動きたくなる理由である、ということに気づかされます。
つまるところ、この二人の後継者の間にあるのは、先代や社員を自分の目的達成のための道具としてとらえたか、先代や社員の存在を尊重したかの違いではないかと思います。
後継者として早く成果を出して認められたい、でも結果が中々伴わず悩んでいる方は、まず「あきらめるべきをあきらめ」てみてはいかがでしょうか?
自分の執着を抑えると、より大きなものが返ってくるかもしれません。
(参考文献:月刊ビジネスサミット2023年3月号)