「先代がいつまでも社長の座を譲ってくれない」
こんな悩みを抱えている後継者の方はいらっしゃいますか?
実際にこのような相談は多く寄せられております。
例えば「65歳になったら引退する」と言っていた先代の言葉を後継者が重く受け止め、「それまでには何とか会社の全てを掌握しなければ」と必死の思いで頑張ったものの、その年齢近くになっても一向に引退する気配を見せない。また先代は自分の仕事の引継ぎに積極的ではなく、社内でもそんな雰囲気は一切見えない。
そして先代が65歳になった時、後継者は「65歳で引退するんですよね?」と迫るものの、先代から「やっぱり70歳まで頑張ろうと思う」と回答されてしまう。これまで必死に代替わりの準備をしてきたのにガッカリ…こんな感じではないでしょうか。
このような場合、納得いかない後継者は先代に何故か?と詰め寄ることが多いと思います。しかし先代は面倒臭そうに決まって「後継者であるお前がまだまだ頼りないからだ」と答えます。
後継者としてはこう言われてしまったら、ぐうの音も出ませんよね。自分なりに頑張ってきたとはいえ、完璧と言える人はまずいません。
こうなるとその後は大体お決まりのストーリーが展開されます。
先代は70歳になったら「あと5年は頑張る」と言い始めます。75歳になって、特に体を悪くしていなければ「生涯現役!」と開き直ります。80歳を過ぎても、会社に来て何かしらの形で会社に関わりたいという思いを捨てられない方が多いのが現実です。
しかし先代はなぜこのように前言撤回のような発言をいとも簡単にしてしまうのでしょうか?
そもそも人は頭で考えて「こうあるべき」と思う通りに行動しないことが良くあります。
例えば禁煙やダイエットを始めたのに、ついつい煙草やおやつに手が出てしまう、誰しもそんな経験があるはずです。これは表向きの目標(禁煙、ダイエット)を達成することを阻害する行動と言えます。
実は、この阻害行動こそが深層心理にある「裏の目標」と繋がっていると言われています。頭では禁煙・ダイエットをすると決めたものの、心の底ではそれに抵抗する本音(煙草、おやつによる癒しを失いたくない)があるのです。
そこを修正していくには裏の目標の背景にある「強固な固定観念」を明るみにすることが必要と言われています。
さて冒頭の様な、口では〇歳に引退すると言いつつ引退できない先代のケースはどうでしょうか。
この場合、阻害行動は「引退準備や引継ぎを行わない」ということになります。その背景にはどんな固定観念があるか考えてみると、大概の場合彼らの生きがいは仕事ですから、引退することで生きがいを失う喪失感が大きいように思います。
逆に生きがいを失ってまで後継者に座を譲って、先代が得られるものは何でしょうか。それは時間になるかと思いますが、この時間はもしかしたら「何もすることが無い」という恐怖の時間かもしれません。
つまり先代にとって会社を去るということは、色々な大事なものを失うことはあっても、得るものは少ないと言えるのかもしれません。
こういった分析を後継者についても行ってみると、こちらも意外な結果が見えることがあります。
例えば「早く座を譲って欲しい」という言葉とは裏腹に「責任ある仕事を積極的にやろうとしない」という阻害行動をとっている後継者も多いのです。それを「先代が譲ろうとしない」と先代を盾にして正当化しているケースもあるのではないでしょうか。
もしそうだとしたら、表面上は「譲れない」「譲って欲しい」という相反する意見ではあるのですが、心の奥底では「譲りたくない」「譲られたくない」という不思議なバランスが取れているのかもしれません。
結果として、ケンカをしながら先代が何十年にもわたって事業承継を終わらせないケースが多々あることも納得できる話です。
後継者はこれから先代のみならず、取引先や社員など様々な人とお付き合いをしていく必要があります。
そういった中で、人を判断する際には「何を言うか」ではなく「何をするか」というところに注目したいものです。
今回の話の様に、人の本音は振る舞いに現れます。そうであれば相手の発する言葉に余分な期待を持つことなく、粛々と自分のやるべきことをこなしていくのが大事なのではないでしょうか。
(参考文献:月刊ビジネスサミット2022年10月号)